☆市毛孝宗投手(シドニー)インタビュー☆「これで終わりかな」と思っていた野球人生。でもABLを経験して心が動きました

ⒸSydney Blue Sox

市毛投手にとっては、初めての海外野球挑戦だった。NPBのドラフトにかからず、一度は野球人生を諦めかけた。そんなときに巡ってきた、ABL入りのチャンス。新しい世界に触れ、国際性も個性もたっぷりの仲間たちと出会って、刺激を受けた。そして市毛投手は今、さらなる一歩へ足を踏み出そうとしている。

 

自分のストレートがどこまで通用するか

――まずは今回のABLシドニー入りのきっかけから教えてください。

昨年までは、日本で「NPB入りを目指す」形でずっと野球を続けていました。でも結局、27歳までドラフトに掛からず、「今後、野球をどうしようかな」と考えたときに、「(野球を)辞めるなら、日本以外の世界を経験してもいいんじゃないか」と興味が湧きました。また、僕が所属していた茨城アストロプラネッツのGMが海外野球に顔の広い方だったので、GMを通してチャンスをいただきました。

――11月に千葉・君津で行われたオークランド・トゥアタラのトライアウトにも参加したとお聞きしましたが、あのときは全くお話がなかったのですか?

トゥアタラの広瀬トレーナーが僕の知人の知人で、「一緒にニュージーランドに来てくれないか」というお話はいただいてはいたんです。でも「ロースターに空きができたら契約するから、それまでクラブチームでプレーしてくれ」ということで、僕の希望とは条件的に合わなかったため、お断わりさせていただきました。そこで、また「もう野球は辞めようかな」と考え始めました。そんなとき、たまたまシドニーが僕に興味を持ってくれたんです。当初、開幕に合わせて渡豪する予定だったのですが、ビザの関係で1カ月遅れでの参加になってしまったのは少し残念でした。

――先ほど「辞めるなら一度、別の世界で……」とおっしゃっていましたが、とするとABLでプレーするうえでの市毛投手の目標、海外で野球をする目的はどこに置いていたのですか?

今まで自分がやってきた野球が、世界トップ10に入るレベルのオーストラリアのプロリーグで、外国人相手にどのように通用するのかを確かめたかった。自分の投げる変化球、ストレートがどこまで通用するのか、興味がありました。まずはそこを経験し、何か学んで帰りたいなという気持ちですね。

――実際、どこまで通用したのか、どんな印象を受けましたか?

当初、「外国人選手はストレートに強い」「スピードボールに強い」という先入観に基づいて、ABLでの投球の組み立てを考えていました。でも向こうの選手や監督、コーチに「お前はストレートで行けるぞ」と何度も助言され、試してみたんです。すると、確かに通用しました。自分が思っていた以上に、自分のストレートでも外国人選手相手に通用するんだなという感触を得ることができました。

――細かくいうと、どんなストレートでしょうか。

1カ月遅れで参加したため、あっという間にリーグ戦の折り返し地点を迎えてしまいました。そのころにはチームがすでにプレーオフ争いと縁遠いところにいたこともあり、配球自体あまり徹底していなかったんです。加えて、僕が英語でのコミュニケーションをしっかり取れなかったので……。もっぱらキャッチャーが真ん中に構え、そこにストレートを投げ込む、という感じでしたね。実のところ、ど真ん中に投げてどこまで抑えられるか、力試しをしてみたい気持ちもあって、敢えて話をしなかった(笑)。その結果、「ストレートが来る」と相手が予想しているなかでも、自分のストレートでファウルや空振りが取れることが分かったのは、とても良い経験になりました。

――変化球はいかがでしたか?

変化球には元から自信があったので、通用するとは思っていました。ただ、僕の(日本での)得意球はスライダーとツーシーム、スプリットなのに、ABLで使ったのはスライダー、カーブ、チェンジアップ。向こうの野球文化のなかで、バッターが苦手意識を持っている変化球ということなのかな、と思いながら投げていました。それでも通用しましたし、向こうでそうした変化球もさらに磨くこともできたので、収穫になりました。

――シドニーではどんな生活をしていたのですか?

選手7人で、シェアハウスをしていました。アメリカ人、台湾人、スペイン語圏……いろんな国の選手との共同生活です。キッチンも付いていて、ちょくちょく自炊もしていました。みんなで同じ食卓を囲むのも、楽しかったですね。

――ABLではトレーニングも食事面、例えば栄養バランスなんかも自分で考えて日々過ごさなければなりません。どんなところに一番気を使いましたか?

日本と季節が逆で、汗をかかない冬の日本から夏の暑いオーストラリアに行くことになりますので、汗の量が増えますよね。加えて運動量もジムに行く回数も減るため、体重が落ちないよう気にしていました。そこでエネルギー分をたくさん摂るように心がけ、あとはサプリメントで補っていました。実際、環境が変わったことで少しやせたかなと思うことはありましたが、そこまでおかしな変化はありませんでした。

あとは、自分の登板は1ラウンド4試合のなかの3試合目と決まっていたので、毎週そこに合わせて調整していました。あまりブルペンには入らず、トレーニングとシャドウピッチングをして、あとは体をしっかり休めるようにしていました。

――オーストラリアでの生活で、最も印象に残ることはなんでしたか?

日本にいたころは、野手と投手は練習の違いなどもあることから、チーム内でも分かれて行動しがちでした。でもシドニーでは全員仲がいいというか、野手陣も投手陣も区別なく、よくコミュニケーションをとっていましたね。その日の登板がない投手も全員ベンチに入って、試合を応援しているんです。それには驚きましたね。日本ならだいたい、翌日の試合に登板する投手は自分の調整だけしたら終わり、という感じでしたから。シドニーでは4連戦、チーム全員でずっと自チームを応援している形でしたので、「こういうのもいいな」と思いました。それでいて、試合中のベンチ内で自由な会話も楽しんでいるんですよ。そんな面白さもありました。

 

オン/オフの切り替えを学んだ

左から、遊撃のヘスス・カスティーヨ、捕手のディラン・ショックレー両選手と(写真=市毛投手提供)

――誰か、よく話をしたチームメイトはいましたか?

シェアハウスをしていた選手たちとはもちろんですが、(2006年に)阪神にいたクリス・オクスプリングとはよく話をして、野球も教わりました。日本野球とABLの野球の違いもそうですし、僕のほうからは、クリスが自分のピッチングフォームのなかで、何を一番大切にしているのかを質問しました。今後野球をしていくうえで何かと必要になる大切なことを、結構教わったと思います。

――例えばどんなことを教わったか、教えてもらえますか?

日本とABLの野球の違いは、まず一つにテンポですね。日本の投手は自分のフォームのなかでタメを作るなど、テンポを変えるのが当たり前なんですが、向こうの投手は足を上げてそのまま投げて、サインを見てすぐ投げて、というふうに投球のテンポ自体が速い。打者のテンポもまた、違うんですよ。結構よく打席を外して、自分の時間を作って、また打席に入りなおすとか。クリスにも最初、「合わせるのがちょっと難しいかもしれないよ」と言われました。確かに3ボール2ストライクとか、2ボール2ストライクからでも、結構長く打席を外してくる。マウンド上で、「これ、どうやって待っていればいいのかな」「早く入れよ」と思って、イライラしてフォアボールを出したこともありました。

あとは、「バッティングカウント」に対する考え方の違いですね。3ボール0ストライクとか、打者有利なカウントで1球見送るのが、日本人。でもABLでは3ボールからストライクを取りに行った真っすぐをホームランにする力のある打者がたくさんいるから、できるだけカウントを投手有利にしておくこと。そして、「(日本なら)相手が打ってこないと思って投げた球も打たれるぞ」とアドバイスしてもらいました。

――オクスプリング投手が、ピッチングフォームのなかで大切にしているものはなんでしたか?

クリスは右投手なので、左足を上げて、軸足側から徐々に体重移動をしていきます。そのとき、すぐに体を打者のほうに向けてしまうのでなく、できるだけ長く足の横のラインを打者に見せ続けて投げることを意識しているそうです。自分にも当てはまる大切なポイントだったので、それから僕も意識するようにしています。

――英語のほうは、どうでした?

もともと全然できなくて、単語と身振り手振りで会話していました。でもチームメイトたちが理解しようと努めてくれたり、言葉を教えてくれたりしたので、助かりました。グラウンドを離れたところでは、やはり翻訳ソフトに頼ってしまいましたが……(苦笑)。

――市毛投手が今回、オーストラリアで得たものはなんでしょう。

野球に関しては、元メジャーリーガーや向こうのトップレベルの選手と対峙しても、しっかりした配球と自分のピッチングさえできれば抑えられるんだ、という自信が得られたのが一番大きな収穫だったと思います。

――市毛投手自身はオーストラリア生活を経て、どこか「自分が変わったな」と思うところはありますか?

僕はずっと、試合の何時間前かから気持ちを入れて臨むスタイルを続けてきていました。でもオーストラリアでABLの選手たちを見ていて、オンとオフの切り替えがはっきりしていることに感心しました。ブルペンで呼ばれてすぐ、パッと試合に出ていけるところもそうですね。そういう場面でどうやって力を出すか考えたときに、「今までと同じようなスタイルで作っていたら、ここでは結果を出せないんだな」と思えたので、アップの仕方や気持ちの作り方を考え直しました。その切り替えは、以前より素早くできるようになったのではないかと思います。

――ずいぶん前になりますが、シドニーで試合直前に、選手たちがベンチ脇でクリケットをして盛り上がっていたのを覚えています。あの切り替えはすごいなと思いました(笑)。

そうなんです。僕も、これまでは試合直前にみんなとワイワイするなんて、考えられなかったですよ。

――今後のことは、どう考えていますか?

日本で所属していた茨城アストロプラネッツには、シドニーに行く前に退団の申し出をしていました。本来なら、そこで引退するはずだったんです。それが、奇跡的な巡り合わせでシドニーからお話をいただき、ABLで野球を続けるチャンスをもらいました。「野球はもうオーストラリアで最後にしようかな」とも思いましたが、ABLでプレーして海外野球の楽しさや日本の野球との違いを知り、気持ちが動きました。

もちろんABLでプレーしたうえで次のオファーが来なければ、「自分はその程度の選手なんだから、諦めよう」と考えていたんです。ところがありがたいことに、海外の複数チームからオファーをいただけました。これはもしかしたら、野球の神様が僕に「野球を続けなさい」と言ってくれているのかなと解釈して、また新しい挑戦をしてみたくなっています。シドニーのチームメイトからも、外交辞令かもしれないけれども「また来年、シドニーに戻って来いよ」「待ってるぞ」と言われたので、「それもいいな」と今は思っています。

――ぜひまたABLに戻ってきて、他の海外リーグの話も聞かせてください。

ありがとうございます。僕は今年28歳で、日本では……といっていいのか分からないですが、やはり現実を見なければならない年齢になってきていると思います。周囲にも「まず就職して、それで野球もすればいいんじゃないか」と言われるようになりました。でも自分が「野球を続けたい」気持ちがあって、なおかつ働き場所がある間は、投げ続けたい。オファーがなくなったときが、自分の最後かなと思っています。

 

【追記】
このインタビューのあと、市毛投手はチェコの国内リーグ・エクストラリーガのソコル・フルボカーと1年契約を結び、すでに現地でチームに合流しています。3月31日、開幕を迎えます。

Profile
いちげ・たかむね●1995年生まれ、茨城県出身。180cm84kg、右投右打。霞ヶ浦高-星槎道都大-きらやか銀行(硬式野球部)-茨城アストロプラネッツ。大学時代には明治神宮大会、社会人では都市対抗も経験した。22年、BCリーグでの成績は16試合(60.1回)に登板し、5勝1敗、奪三振39、防御率3.13。ABLでは3試合(9.2回)に先発し0勝1敗、奪三振8、防御率8.38の成績に終わった。

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