塩田裕一投手(パース)インタビュー☆「たとえ言葉が通じなくても、共に喜び合える。野球のおかげで人生が豊かになりました」

ABLグランドファイナル第1戦で投げる塩田投手(photo: Baseball Australia)

2023/24年、パースでABL2度目のシーズンを送った、塩田投手。今季は自身初のグランドファイナル登板も経験。チームは惜しくもクラクトン・シールドを逃しましたが、多くの収穫と共に自身の成長を実感し、次の舞台へと羽ばたいています。

 

「圧倒する」「成績を残す」が今季のテーマ

――まずはABL2022/23シーズン終了後の話から聞かせてください。

アメリカ独立リーグ(フロンティア・リーグ)のニュージャージー・ジャッカルズで、6月頭から9月中旬までプレーしました。

――そこでの学びや、印象に残ることはなんでしたか?

スケジュール等の面でABLも過酷だと思っていましたが、アメリカでは1週間に6試合、月に26、27試合が行われるんです。なおかつ移動はバスで12時間、14時間という場所もあります。その中で結果を出し続けないと、すぐクビになってしまう。そうした環境下で、コンディションを維持することの難しさを学びました。

――塩田投手なりのコンディション維持法は、どんな形になりましたか?

「常に100%は維持できない」ということを自分の中で受け入れて、「自分の体が言う通りに動く程度のコンディションを作る」ためのルーティンを確立しました。日本にいるときは、少し不安だなと思ったときに練習をしてしまいがちでしたが、アメリカではあくまでも試合で出力を上げ、自分のパフォーマンスを上げることを念頭に、休めるときにはしっかり体を休めました。(練習で)投げるときも1球、1球の質を高く、少ない球数でバランスを調整することを心掛けました。

――数字は別として、アメリカでのご自身のパフォーマンスについてはどう思っていますか?

1シーズンの中で先発も中継ぎもすべて任せてもらい、大事な場面で投げさせてもらうことも多かったので、監督が求めていた自分の起用法に対しては応えられたのかなと思っています。もちろん、個人的にはもっとできたんじゃないかと思う面もありましたが。

――そのあと台湾に渡った経緯は?

アメリカでシーズンを終えた段階で、BCリーグの村山代表から連絡をいただいたんです。台湾でトップリーグに新規参入するTSG(台鋼)ホークスというチームが外国人選手を探している、とのことでした。その入団テストとして、1カ月超のウインターリーグに参加した形です。現地では4試合ほど投げました。

――台湾では、ABLやアメリカでプレーした経験がどう生きましたか?

この1年は海外の、スイングの強いバッターたちとずっと対戦していたので、台湾のプロ選手が相手だからといってひるむことなく、どんどんストライクゾーンで勝負することができました。それはやはり、この1年間の経験があったからこそだと思います。

――そこから年明け、ABL・パースに加入した経緯を教えてください。

パースのキャッチャーのアレックス・ホールとずっと仲良くしていて、時々連絡をもらっていました。台湾のウインターリーグに行く話もしていて、それが終わったあと、「このあとどうするの?」と連絡が来たので「ヒートって今、枠あるの?」と聞いたら、「チームに聞いてみるよ」と言って動いてくれたんです。(MLB)レイズからのインポート組が何人か年末年始に抜けるので、ちょうどヒートもピッチャーを探していたようで、「残り3ラウンド、来られる?」と連絡が来ました。そこで1月3日、日本を発ってチームに合流しました。

――塩田投手は二度目のABL、二度目のパースで、ご自分の成長や余裕を何か感じましたか?

昨季は何も知らない状況で投げていましたが、今季に関してはアメリカや台湾でも経験を積んでいましたので、成績面でも去年より圧倒できたのかなと思います。

――昨季のインタビューでは、質のいい真っすぐとフォークボールを武器に、いかに相手に気持ちよくフルスイングさせないか。とにかく気持ちで向かっていくピッチングを、というお話でした。今季はそれがさらに進化した形だったのか、それとも何か新たな武器が加わったのでしょうか。

基本は変わらないですね。ただ今季に関しては、自分の中で「圧倒する」「きちんとした成績を残す」というテーマを決めて入っていきました。昨季だったら真っすぐを選択せず、「変化球のほうが無難かな」と思うところでも、今季は敢えて真っすぐをゾーンに投げる。強気に押していって、しっかり打ち取ることができるようになりました。

――そうしたことができた要因として、コントロール、真っすぐの質など、何が塩田投手の軸になったと思いますか?

コントロールもそうですし、真っすぐの質自体も昨季とは全く違っていたと思います。昨季に比べればイニング数は少なかった(7.1イニング)けれども、今季は四球も1つしか出しませんでした(※昨季は12.1イニングで7四球)。昨季はカウントが悪くなると、「打たれたくない」気持ちが先に立って、「四球でもいいか」という感じで投げていた。そういう面でも、今季はカウントが悪くなっても真っすぐでファウルを取るとか、強気でカウントを作り直すことができました。そこはやはり、真っすぐの質もコントロールも、昨季より向上していたからこそ、ゾーンで勝負できたのだと思います。それに加えて球速も、昨季に比べると上がっていたんですよ。特段何かを変えたわけでないのに球速が上がったのは、試合数の多い中でたくさんの経験を積んでいくうちに、自然と打者を抑えるためにフォームが洗練されていったのではないかと思っています。

――長めのオフもなく、海外を渡り歩いて環境も変わる中で、故障なく投げることができた。うまく自分の体をコントロールできたんですね。

自分の体の感覚とか、そういったところは日本にいたころからある程度、気にするタイプだったんですよ。ましてやアメリカでケガをしたら、すぐクビになる。広いアメリカでいきなりクビを切られて野球ができない状態になったら、路頭に迷ってしまいます。だから、自分の体に対する考え方やコンディションの作り方はより一層、考えながら進めていました。

――ABLでは1週間、どんな調整を行なっていたのですか?

ヒートは基本、火曜と木曜に全体練習があって金土日が試合、月曜、水曜がオフというスケジュールでした。その中で、金土日の試合であまり投げなかったら火曜日にブルペン入り。連投をしていたら木曜にブルペンに入っていました。いずれにしてもブルペンでの球数は15球、20球程度でサッと終わらせていましたね。日本人の感覚からしたらかなり少ない球数だと思いますが、海外ではそのくらいしか投げないので。あとはランニングとウエイトトレーニングといった自分のルーティンを、全体練習の前に行なっていました。

――ブルペンやキャッチボールでは、どんなことを意識して投げていましたか?

キャッチボールのときは、どれだけテンポよく投げるかを意識していました。日本人のキャッチボールは外国人に比べると、とても長いイメージがあるんです。外国人はテンポよくポンポン投げる。その中で僕は、どれだけ相手の胸に向かって投げられるかを常に意識していました。要はコントロールの練習を、ほとんどキャッチボールで終わらせてしまうということですね。(ボールを)もらったらすぐ投げる、もらったらすぐ投げるの繰り返しで、集中力を切らさず、なおかつ疲れない意味もあって短い時間で終わらせる。ブルペンに入ったときは、キャッチボールで得た感覚がマウンドの傾斜とずれていないかとか、打者と100%勝負する準備ができているかどうかの確認だけしていました。

第10ラウンドのシドニー戦でチームの4連勝に貢献(photo: Baseball Australia)

――オフはどんなふうに過ごしていましたか?

サウナに連れて行ってもらって、サウナとアイスバスに入ったり、あとは英語の勉強をしに図書館へ行ったり。自分で参考書を持ち込んで勉強するほか、図書館で初心者向けの無料の英会話サロンのようなものが開かれていたので、そこへも何度か通いました。昨季は自分の理解できない英語が出てくると、あたふたしていたところがあったんですが、今季は良くも悪くも開き直れたというか……。「英語は僕の母国語じゃないから、分からないこともあるよ。だから分かるように説明して」くらいの図太さが出てきて、いろんな意味で英語でのコミュニケーション能力はアップしたと思います。

 

「これが野球なのかな」と感じたGF

――パースのプレーオフ進出が決まったとき、チームとしてはセミファイナルの相手はアデレード、ブリスベン、メルボルンのどこがいいとか嫌といった雰囲気はあったのでしょうか。

レギュラーシーズンの1位は厳しかったので、それなら2位に入って、「ホームでセミファイナルを戦おう」という目標はチーム内でもありました。特に第10週のシドニー戦はどうにか4連勝して2位で終わりたい、と。ブリスベンの本拠地だと移動の飛行機が5時間半、そこに時差も2時間半加わって、8時間くらいの移動感覚になってしまうんです。昨季がまさにそれで、かなりしんどかったので、シドニー戦は総力戦になりましたね。僕もクローザーだったのにピンチで登板し、3イニング投げました。

――セミファイナルのブリスベン戦第2戦を振り返って、ご自身のピッチングはいかがでしたか?

結果としては打たれてしまいましたが、僕が(マウンドに)行く場面は、同点とか僅差で負けているとか、「相手にどうしても1点与えたくない場面」かつ「ピンチの場面」ばかりでした。ブリスベンも、同じタイミングで抑え(サム・ガードナー)をマウンドに送っていましたし。両チームとも、抑えを出して自チームに流れを持っていきたい場面で、僕のほうが力不足で抑え切れなかった。とはいえ、今季に関してはあの場面、あの段階では僕しか(マウンドに)行く投手がいなかった。だから自分としても、「打たれちゃったなら仕方ない」「次は抑えるようにしよう」ぐらいの感覚で、引きずることはなかったですね。

――1勝1敗で迎えた第3戦も、ブルペンで準備はしていたのですか?

前日、回跨ぎで1.1回(打者6人)投げてしまってはいましたが、監督からは「展開によっては、行ってもらうよ」と言われていました。ビハインドになったら、登板もあったかもしれません。

――結局第3戦は塩田投手の登板はありませんでしたが、チームはブリスベンを下し、アデレードとのグランドファイナルに進むことになりました。塩田投手自身は今季、レギュラーシーズンでアデレードと対戦していませんでしたね。アデレードのバッターに対しては、チームからデータをもらって準備していたのでしょうか。

ポストシーズンに限らず、いつもチームから各打者のデータは提供されるんですよ。それを頭に入れつつ、自分が打者の特徴など気付いたことを毎試合書き込んでいるノートと照らし合わせていました。アデレードに関しては、主軸が昨季とほとんど変わっていなかったので、今季の対戦がなくてもイメージはしやすかったですね。

――ファイナル初戦はパースの本拠地、エンパイア・ボールパークで行われました。雰囲気はどうでしたか?

とても温かい雰囲気の中で試合ができて、楽しかったですね。あれだけお客さんが入って、あんなに盛り上がるなんて、やはりホームでファイナルが戦えて良かったなと思いました。

――その雰囲気の中、三番手として登板。1回を被安打2、失点0に抑え、チームの勝利に貢献しました。最も印象に残っているシーンは?

やはり最後のバッター(二番=リアム・スペンス)を三振に取った場面ですね。(3点差を追いつかれた次のイニングに)二死満塁のピンチで、自分の意図した球(フォークボール)をしっかり投げられた。「どんな場面であっても、自分のすべきことは変わらない」をテーマに1年間投げてきて、ああいう場面で自分の一番いいボールを一番いいコースに投げられた。野球選手として、非常に価値のあることだったと思います。

――アデレードに舞台を移しての2戦目、3戦目は塩田投手の登板機会もなく、チームも2連敗で昨季のリベンジはなりませんでした。チームとして、敗因はどんなふうに捉えていましたか?

チーム力の差は感じていませんでしたし、僕自身も皆も「勝てる」と信じていました。皆ベストを尽くした結果で、「これが野球なのかな」という感じです。だからファイナルが終わった後も、試合に関して、あれこれ話すことはなかったですね。監督含め「皆よくやった」と言い合って、その日はバーに行き、皆で飲みました。

――それが、シーズンのお疲れ様会ですか? 昨季はそこでいろいろチームメイトからメッセージをもらったとおっしゃっていましたね。

遠征に来ていないメンバーもいたので、週明けの月曜、パースに戻ってから全員での食事会がありました。監督、コーチには「今年もチームに来てくれて、ありがとう」と言っていただきました。あとはチームメイトたちと万遍なく話をして……。昨季のように特別なメッセージはなかったですね。

ホームでのグランドファイナルは最高の経験(photo: Baseball Australia)

――昨季と今季の違いはなんでしょう? 昨季はまだ外国人選手の一人だったのが、今季はより仲間、本当のチームメイトになったとか?

個人的な部分では、基本は変わらないと思います。いじられキャラで、試合前には皆とワイワイ仲良く遊んでる。僕自身、どれだけ皆と仲良く過ごせるかをずっと大事にしてきましたから。でも試合における役割、ポジションは昨季と変わったので、僕が求められるパフォーマンスは昨季より大きくなりました。そこで結果を出せたから、試合中「この場面はたぶん裕一だよね」というふうに、僕のポジションを皆が認めてくれたのだと思います。

 

ABLはオーストラリア人の活躍次第

――今季、二度目のABLでの一番の学びはなんでしたか?

2つあって、一つは1年間やってきたことが間違いではなかったということ。奪三振率(レギュラーシーズン9.78)にしても防御率(同0.00)にしても圧倒できる、胸を張れる成績が残せて、自分の成長を実感することができました。
それからもう一つ、2年目のABLだからこそ分かったのが、ABLは「オーストラリア人が活躍するかどうかがカギになるリーグ」だということ。結局アデレードもパースもブリスベンも、上位のチームほどオーストラリア人の選手が頑張っているイメージが強いんですよね。逆に下位のチームは、インポート組が主軸になっています。オーストラリア人がどれだけチームを引っ張って勝たせてくれるか、チームの雰囲気を作ってくれるかがチームの波に、ひいては順位に影響すると感じました。

――確かに、アデレードのGMに「なんで今、アデレードは強いんですか?」と聞いたところ、「オーストラリア人の選手をちゃんと育てているから」とおっしゃっていましたね。

そうですよね。アデレードは三番のウイングローブはじめ、二番、五番もオーストラリア人。投手陣も左のラクラン・ウェルズ、クローザーのトッド・ヴァン・スティーンセルといった主力がオーストラリア人ですよね。ヒートも野手ならティム・ケネリーやアレックス・ホール、投手でいえばワーウィック・ソーポルド、ウィル・シェリフなどオーストラリア人選手が頑張ってくれると、やはりチームの雰囲気が上がるんですよ。だからこの2チームは強いんだなと、今季は改めて感じました。

――そのチームでプレーした塩田投手の体感ですから、間違いないですね。

実際、インポート組は日本人の僕と、レイズ組にしてもドミニカやキューバから来た、英語があまり流暢でない選手が多かったんです。そこをオーストラリア人選手が一つにしてくれました。常にロッカールームの雰囲気を良くしてくれた、その懐の大きさや優しさがチームを勝ちに導いてくれたと思い、感謝しています。

――さて今後の進路については、どう考えていますか?

アメリカからを含め、いくつかオファーはいただいています。ただ、僕ももう27歳になりましたので、今後野球を続けるかどうかは今、まだ考えているところです。

――野球を続けるにしても、そうでないにしても……塩田投手にとっての野球とはなんですか?

僕の人生は、野球を通して豊かになっていると思います。日本でもそうですが、とりわけ海外での経験から、それを実感することができました。野球を通じて、様々な国の人とコミュニケーションが取れて……。例えばパースにいたときは実際、ロッカールームで皆が一緒になってずっと仲良くしゃべっているわけでもないんですよ。僕とオーストラリア人選手なら、そんなに流暢じゃなくてもなんとか英語を使って会話ができる。でも僕とドミニカ人の選手に至っては、(母国語が)日本語とスペイン語だから、ほとんど会話は成立していないんです。でも野球で「勝つ」という共通目的があって、チームが勝ったときには自ずと一体感が生まれます。言葉は通じなくても一つになれる、あの感情、経験……言葉で表現するのが難しいんですが、それは、他では味わいがたいもの。そうした考え方、価値観を僕に与えてくれた野球は、間違いなく僕の人生を豊かにしてくれたと思います。

(※このインタビュー後、塩田投手は台湾の社会人野球チーム・台中成棒入りを決め、すでに現地で試合に登板しています)

Profile
しおた・ゆういち●1997年2月3日生まれ、東京都出身。185cm91kg。右投右打。都立日野高-獨協大-西多摩倶楽部-BC福井ワイルドラプターズ-信濃グランセローズ-ワナルー・ジャイアンツ-パース・ヒート-ワナルー・ジャイアンツ-ニュージャージー・ジャッカルス-台鋼ホークス-パース・ヒート-台中成棒。23/24ABLレギュラーシーズンは4試合(7.1イニング)に登板し、1勝0敗1S、防御率0.00。ポストシーズンは2試合(2.1イニング)に登板し、0勝1敗、防御率19.29の成績。

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