『野球とは』を改めて考えた/Honda・栃谷弘貴(投手)

3年間在籍したHonda鈴鹿から2018年、Hondaに移籍。移籍1年目のオフ、ABL“武者修行”の機会が与えられた。アデレードでは中継ぎとして9試合に登板。チームスタッフもお墨付きの真面目さで、結果や数字だけでは語れない、学びの場を得て帰国した。

hirotaka tochiya of the Adelaide Bite in action during the Australian Baseball League Game 2, Round 6 clash between the Perth Heat V Adelaide Bite at the Perth Harley-Davidson Ballpark on the 29th December 2018. . Photo: James Worsfold SMP Images / ABL Media.

――ABL参加(18年12月16日~19年1月20日=アデレード・バイト)のきっかけは?
「昨年11月半ば、岡野(勝俊)監督に呼ばれて、“オーストラリアに行って、自分が持っているものでどのくらいできるか試して来い”と派遣を告げられました」

――そこからは、どんな準備をしましたか?
「実は僕、パスポートも持っていなかったので、大至急取って(笑)。あとは以前(16/17年=シドニー・ブルーソックス)派遣された山崎(裕貴=捕手)さんたちから情報を教えていただき、自分でやりたいことなど、資料を作りました」

――ABLではまず、どんなことを試そうと思いましたか?
「最初、ABLのバッターはストレートに強いと聞いていたので、どこまで自分のストレートが通用するか。下から出てくるバットに対して、カットボールでゴロを取れるのか。スライダーでしっかりカウントを作れるのか。内に入っていくツーシームはどうなのか。そういったものを試そうと思っていました」

――実際、ABLのバッターには何か傾向がありましたか?
「それが、バッターによって意外と通用する、しないがマチマチなんです。ただ、高めの真っすぐが思ったより通用しましたね。逆の見方をすると、高めの真っすぐを彼らが打てるようになったら、ABLを出てMLBだとか、もっと上のレベルに行くんだろうなという印象を受けました」

 

パワーよりバランスとコントロール

――前半戦ABLに参加したHonda熊本・菊江(龍)投手やHonda鈴鹿・竹内(諒)投手は、チームメイトのマーカス・ソルバック投手(2019年はMLBドジャースと契約)からずいぶん学ぶところがあったようですが、栃谷投手はいかがでしたか?
「竹内さんからもいろいろ聞いていたんですが、マーカスはインコースの真っすぐが、いわば“生命線”。初球、インコースで入るところがスタートで、それがあるから相手に踏み込ませずに外を遠く見せられるという考え方なんですね。そしてインコース真っすぐのイメージを強く持たせているために、チェンジアップも使える、というのが彼の持論でした」

――栃谷投手も試してみましたか?
「やってみようと思いましたが、僕はそこまでのコントロールがなかったです(苦笑)。でもマーカスは本当に、クレバーですよ。ほかにも、トレーニングについての持論を聞きました。オーストラリアやアメリカの選手はウエイトをガッチリやる傾向にあるんですが、マーカスは“ウエイトはもちろん大事だけど、やり過ぎて、ピッチングが力みになっている選手もいる”と指摘していました。確かに見ていると、マーカスは日本人よりちょっと強い程度しかウエイトをしていません。“ウエイトだけをするのではなく、走ることも大事だし、軽い重りのウエイトをコントロールしながら、体を操作することも大切だ”と言っていましたね。“ピッチャーは100マイル(約160キロ)出なくても、90マイル(約145キロ)のスピードでもコントロールがよければ、バッターを打ち取れる。野球はそういうスポーツだ”と」

――その話を聞いて、納得しました?
「はい。本当かどうか定かではありませんが、チームの他のピッチャーが、“アメリカではルーキーリーグからメジャーまで、クラスが上がれば上がるほど、平均球速が下がる”と言っていたんです。マーカスの言葉を聞いて、その話とつながりましたね。実際のスピードはともかく、やはり上のレベルに行くほど、パワーよりバランスとコントロールが大切になるということなんでしょう」

――とすると、トレーニング方法も変わる?
「トレーニングも、バランスが必要だと思いました。ランニング、ウエイト、ストラッチ、柔軟、すべてをまずはバランスよくやることが大切で、そこから自分の体に合わせ、加減していくのがいいのではないかと」

――日本人から見ると、外国人のピッチャーは上体のパワーを使って投げているように見えますよね。
「あれは、マウンドが硬いんです。日本のマウンドは軟らかいので、自分の骨格と筋力でしっかり支えてあげないと、下がズレて、そこから上もズレてしまうんです。でも向こうはマウンドが硬いので、下がそれなりに止まる。それを追い越す勢いでバチーンと投げるための上半身があれば、という環境の違いもあるんじゃないかと、ABLで見ていて思いましたね」

――ABLを経験し、実体験を伴った引き出しがかなり増えたのでは?
「例えばトレーニングならチューブの使い方、ダンベルの使い方など、新しいことを教えてもらいました。ただ、それを最終的に“なんのためにやっているのかな”とすり合わせると、Hondaで教わっていることと類似しているんですよ。改めて、Hondaの環境のありがたさを感じました」

 

ABLで緩急を使いたがるわけは

――ピッチングの面では、ソルバック投手以外から新しい発見はありましたか?
「僕の感じた限りでは、向こうの配球は緩急を使いたがるんです。日本では僕、たまにしかカーブを使っていないんですが、向こうではほとんどストレートかカーブを要求されたイメージがあります」

――それにはやはり、何か理由が?
「向こうのバッティング練習は日本と違って、近い距離からテンポよく速い球をポンポン投げますよね。実際、ピッチャーも速球と速いカーブ、少し動く変化球を持ち球にするピッチャーが多いので、バッターの目線から外れる緩い変化球のほうが打ちづらいと考えて、カーブを要求してくるのではないかと思いました。ただ、真っすぐも指にかかった真っすぐならある程度は抑えられましたし、カットボールも思ったよりいい反応をしてもらえたんですよ。カーブとスライダーは、確かにカウントは取れたんですが、打たれた印象が強くて、なんとも言えないです」

 

“enjoy baseball”の考え方

――野球そのものに関しては、何か感じるところはありましたか?
「台湾のプロ球界で10年やって、アデレードで活躍しているチェン・クァンジェ(陳冠任)という選手が、面白いことを言っていたんです。“台湾と日本の野球は、すごく似ているよ。選手もスタッフも勝つことを目的としていて、厳しい。毎日、長時間の練習もいとわない”と。彼が台湾で現役生活を終えた今、ABLで野球をやっているのは、“オーストラリアやアメリカの野球は楽しくやるから”だそうです。enjoy baseball。ABLではグラウンドに行くとき、よく“Have fun”って言うんですよ。チェンには“日本人も台湾人も、もっとそれを感じていいんじゃないか”と言われました」

――ABLの選手は野球を楽しみながらも、決して負けたくはない。非常に負けず嫌いですよね。
「そうなんです。完全アウトの内野ゴロ、彼らは一塁までタラタラ走ると思っていたんです。でも実は、死ぬ気で走る。全力です。外野を抜けていく打球も、必死に追います。そういうところは必死だし、試合には勝ちたい。だけど、その中にも楽しむ部分があってもいいんじゃないか、というのが向こうの人たちの考え方なんですね。Honda狭山の野球もちょっと似ていて、皆で声を出して元気よくやるんです。ただ、Hondaはやはり企業の看板を背負っていますし、自分の1球で負けたら、応援しに来てくれた従業員の皆さんや支えてくれているスタッフに申し訳ないし、これからプロに行こうとしている選手の人生にまでかかわってきてしまう。“楽しみながら野球ができたらいいんだろうな”とは思っても、やはりそういった責任を考えると、難しく思えます」

――企業スポーツとプロの違いですね。
「そうですね。“楽しむ”部分も野球の要素なのかな、とは思うのですが……」

――今後は、ABLで得た引き出しを、チームのために使っていかなければなりませんね。
「はい、引き出しにはたくさん入れてきたので、あとは必要なところで必要なものをちゃんと出せるかどうか。そこをもう一回きちんと見つめ直して、自分にできることを精一杯やりたいです。せっかく良い経験をさせていただいたので、それを生かして、チームの優勝に貢献したいです」

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