☆駐オーストラリア特命全権大使 山上信吾さんインタビュー(後編)☆ スポーツのみならず地域や経済においても、オーストラリアは最高の友人

昨年12月16日、キャンベラ・MITボールパークの「ジャパン・ナイト」で山上大使(左奥)が始球式を務めた

2020年12月末、駐オーストラリア特命全権大使として着任した山上さん。昨年12月16日、キャンベラ・キャバルリーが本拠地MITボールパークで開催した「ジャパン・ナイト」では、試合前セレモニーでの挨拶と始球式を務めた。元野球少年という山上さんに、野球への思いとスポーツが外交に果たす役割、そして日豪関係についてお聞きしたインタビュー後編。

 

日本のエネルギーを支えるオーストラリア

――オーストラリア側から見た日本の距離は今実際、どのようなものなのでしょうか。

近いと思います。日豪はこのインド太平洋地域における最高の友人だという言葉(“Best friend in a region”)もあるほどです。オーストラリア側から見ても、インド太平洋地域で民主主義や法の支配、人権といった価値を共有し、なおかつ南シナ海や台湾海峡で難しい問題が起きている中、戦略的な利益を共有する意味で、日本ほど頼もしいパートナーはいないというのがオーストラリアの受け止め方です。

それに加えて、日豪はスポーツ交流も盛んです。今回のサッカー・ワールドカップでは日豪ともに健闘しました。ラグビーでもオーストラリア人のエディ・ジョーンズが日本でコーチに就き、日本代表も力を付けました。野球は日本からこうしてNPBの選手が渡豪しているし、オーストラリアからもジェフ・ウイリアムス(阪神)やディンゴ(中日)、マイケル中村(日本ハムほか)といった選手が、NPBでプレーしています。こうしたつながりから、国と国との関係もより重層的に深みを増していくと思いますので、私の立場としてもスポーツを通した両国の交流は、本当にやりがいのある仕事となっています。

――一方で、日本から見たオーストラリアはなかなか「コアラとカンガルーの国」というところから抜けられませんが、実は輸出入でも実にかかわりの深い国ですよね。

日本人はオーストラリアを過小評価しているところがあると思います。日本は経済の面で相当、オーストラリアに頼っています。一つはエネルギー、鉱物資源。日本が輸入する石炭の7割、鉄鉱石の6割、ガスの4割はオーストラリアから来ています。つまり日本の大部分のエネルギーはオーストラリアに頼っているわけで、それが止まったら、東京の夜も真っ暗になってしまいます。また農産物においても砂糖の9割はオーストラリア産、牛肉は4割がオージービーフ。これはアメリカ産の牛肉より多い。小麦は2割、オーストラリア産です。

逆もまたしかりで、オーストラリアの自動車マーケットで一番売れているのはトヨタ車です。マツダ、三菱も売れています。冷房はダイキンか三菱電機。つまり、お互いに足らざるところを補っている貿易関係といえるでしょう。日本にいると、貿易といえばアメリカと中国ばかりが注目されますが、実はオーストラリアなくして日本の経済は維持できないんです。

――お互い、大切な国ということがよく分かります。

親近感も非常に高いですよね。在留邦人の数でいえば、日本以外で日本人が最も多く居住している国はアメリカで40万人。次に中国で10万人ほど。オーストラリアには9万3,000人で、世界3位なんです。この数もどんどん伸びていて、やがて中国を抜いて2位になるのではないでしょうか。

もう一つ、日本を訪れる観光客の中で、誰が一番お金を落としていくかという面白い調査をJNTO(日本政府観光局)が行っています。それによると、1位はオーストラリア人。平均滞在日数が13日で、その間一人あたり平均24万円を落としていく。中国や韓国からのインバウンド観光客よりも、オーストラリアのほうがお得意さんなんです。

――テレビなどでよく「中国人の爆買い」が報道されているせいか、中国が1位のようなイメージがありました。

私は長野に自宅があるので、こちらに赴任する前、白馬のスキー場を見に行ったんです。すると、外国人観光客はオーストラリア人がほとんどでした。北海道のニセコ、長野の白馬、野沢温泉など、オーストラリアからスキーヤーが訪れ、長期滞在するためインフラが整備されてきています。旧来のスキー宿といえば民宿でしたが、グレードアップしたリゾートホテルも増えています。すると今度はアメリカやカナダ、ヨーロッパからもスキーヤーが集まるようになる。オーストラリアからのインバウンドの観光客が今、一つの呼び水になっています。

 

日豪の“戦略的パートナーシップ”

左腕投手としてプロ野球選手を夢見たこともあったという山上大使

――今後も両国の関係は、より深くなっていくのでしょうか。

私はそう思います。インド太平洋地域にお互い所在し、アメリカやイギリスから遠く離れたこの地域で生きていかなければならない。そういう意味でもお互いの利害が重なり合い、協力し合う関係にあります。これまでずっと貿易と投資という経済面での関係が中心でしたが、今は安全保障面での協力にまで関係が広がっています。22年10月、岸田文雄首相がオーストラリア・パースを訪問し、2007年に発出された安全保障協力に関する日豪共同宣言を改定しました。

これは「特別な戦略的パートナーシップ」を新次元に高める、先進的なものです。他国との関係においては見られない内容が盛り込まれています。もちろんアメリカは「同盟国」ですから、かなり進んだ協力関係がありますが、安全保障面においてもアメリカに次ぎ、オーストラリアが二番目に大事な国になってきているのは間違いないですね。

――既存のメディアでは伝わってこない部分が多いので、何かきっかけが欲しいところですね。

野球を初めとするスポーツ交流も含め、きっかけにしていきたいですね。メディアでいえば、全国紙大手でオーストラリアに支局を持っているのは、なんと日本経済新聞だけなんですよ。昔は5社ともシドニーに支局を置いていたのですが、今は1社がインドネシアのジャカルタから、ほか3社はシンガポール支局からオーストラリアを見ている。そのため、日本人の接するオーストラリア情報が非常に少ないのです。

私はオーストラリア大使の内示を受けたとき、オーストラリア関係の本をすべて買って勉強しようと思い、都内の大手書店へ行きました。その書店では1階に国際関係の書籍が置かれていて、中国関係、アメリカ関係、ロシア関係……インドネシアやタイの本もそれなりにありました。ところが、オーストラリア関係の本はたった3冊しか見つからない。「これはまずいな」と思いましたね。カンガルーとコアラの国というイメージが焼き付いてしまっているわけです。

しかし少し掘り下げてみれば、ここまで申し上げてきたような分野で深いかかわりがあり、人的交流もあり、安全保障協力もある。これだけ大事な国はないのに、日本人が知らないのは致命的ですよ。「欧米」と言ったとき、まずアメリカばかりを見て、次に見るとしてもイギリスという日本人のものの見方が、オーストラリアを見る目を曇らせてきたように感じます。こうした状況を鑑みれば、野球もオーストラリアに興味を持ち、オーストラリアを知るいいきっかけです。これを機に、ぜひオーストラリアという国にも目を向けてほしいと思います。

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