理由のない男/三上朋也

球団初の試みに、思わぬ男が手を挙げた。プロ5年間で、271試合登板を果たし、通算110ホールドを挙げている三上。なぜ敢えてオフを返上し、オーストラリアへ渡るのか。その“理由”を聞いた。

PHOTO – Brett Fewson | SMPIMAGES.COM / ABL. Action from the 2018/19 Australian Baseball League (ABL) Round 4. Game 2 clash between the Canberra Cavalry and Brisbane Bandits at MIT Ballpark in Canberra, ACT.

 

「今回、三上さんへの取材テーマは、“(ABLに来る)理由のない男”なんです」と言うと、「それ、いいですねえ」と言って笑った。

過去、NPBからABLに派遣されてきた選手といえば期待の若手やもう一皮むけてほしい選手、何かきっかけをつかんでほしい選手……と、必ず“理由”があった。

今回、横浜DeNA球団が派遣“希望”選手を募ったとはいえ、3年連続60試合前後に登板している三上ほどの選手が手を挙げる理由は、おそらく本人以外には分からない。実際、「体を休めたほうがいいのでは」と心配する声すら、ファンの間から挙がったほどだ。

「暖かいところで公式にサポートしてもらいながら、2カ月も野球とトレーニングができる。そのうえ語学の勉強にもなるんですから、こんなありがたいことはありません。自分の人生においても、この経験をプラスにしたいと思い、僕は手を挙げました」

もともとオフだからといって、『何もしない派』ではなかった。一度(シーズン中の体の状態を)落としてしまうと、オフ明け、また元の状態に戻すのに苦労する。そのため、オフ中も常に体へある程度の刺激を与えておくことが必要だった。

ABLの場合、試合は毎週末のみの1カード4連戦。三上は横浜DeNA球団と本人、そして受け入れ先キャンベラ球団の話し合いのもと、1カード2イニングまでに登板を制限してもらっている。これはABLの“インポート”(日本でいう外国人選手)にとって、決して異例の条件ではない。

「暖かい中、このスケジュールで、また日本で投げる緊張感や気疲れとはまた違ったマウンドで、実戦を踏みながら自主トレができる。また、自分のパーソナルトレーナー同行も許可していただきましたので、日本にいるときと同じ環境でトレーニングが続けられるのも、魅力でした」
三上の挙げる成果次第では、今後三上のようなステイタスを持った日本人選手がABLに派遣される可能性が、さらに広がるだろう。

 

「いざ勝負」というときのため、頭と体を準備する

 

さてキャンベラでの三上は日本同様、常にブルペン待機。これまた日本さながらに躍動感あふれるピッチングで、ABL各打者の前に立ちふさがっている。今やキャンベラになくてはならない“守護神”だ。

知的好奇心に満ち溢れた三上にとって、マウンドにいるとき以上にブルペンや球場内外でチームメイトと共に過ごす時間は、新しい学びや気づきの場でもある。他国の選手たちの調整法を見、話を聞き、自らの引き出しをさらに増やしている。

「こちらの選手たちに自分の投げるボールの軌道を、どんなふうにイメージしているか聞いてみたんです。そうしたらこちらの選手はだいたい、斜め上からズドンと突き刺すイメージ。日本人は平行か、下のほうから浮き上がるイメージなんですね。下半身を使って投げる日本人と、主に上半身を使って投げる外国人という、体の使い方の違いが、そんなところにも出るんだなと思いました」

また、彼らを見て実感したのは、準備に対する文化の違い。気持ちのオン・オフの切り替えにしても、肩の仕上がりにしても、ブルペンからマウンドまでの時間が、驚くほど短いのだ。一方三上はABLでも可能な限り日本人流、自分流を貫いている。

「僕はこちらでも、試合前はゆったりリラックス。試合が始まったらストレッチ、マッサージなど自分のルーティンを行います。それから3、4、5回とブルペンに入り、気持ちを入れていきます」

その”ギアの入れかた“を、三上は自転車漕ぎに例えてくれた。ブルペンでの投げ始めは、50、60%の力でペダルを漕ぎ出す。その後、一度全力で漕いでみると、その日の自分の”漕げ具合”が分かる。そこからは漕ぎ方を調整しながら、本番のマウンドでの“自転車漕ぎ”につなげる。

「1シーズン投げて、体が疲れてくると、どうしても体に“ズレ”が出てきます。特にピッチャーは同じ動作を繰り返しているので、それが顕著なんですね。この”ズレ“は、少し体を動かしながらのほうが取りやすい。このABLのマウンドを借りて体を修正し、疲労を取りながら、来季につなげることができればいいと考えています」

ピッチングの際の体のバランスは、技術的なものではなく体にしみついたもの。自転車の例えを使うなら、一度乗れるようになった自転車の乗り方を、体が覚えているのと同じようなものだという。

つまり、一度自転車を降りてまた乗りたいときは、自分の体にしみついたものを確認するたけでいい。とはいえ体のバランスは日々変わるため、自分の頭の中にある技術とそれを、常にマッチさせていかなければならない。万が一ズレが大きくなると、マウンドでクビを傾げるハメになってしまう。

ところが年間140試合戦えば、必ず頭と体の動きはズレてくる。それを4月、いざ勝負というときに100%マッチさせること。そのための今、ABLなのだ。「来季、NPBのマウンドにアジャストするためのベターな選択」が三上にとっての、ABL参加の最大の理由。

それにしても、だ。練習であれ試合であれ、グラブとボールを手にグラウンドへ走っていく三上、そして野球の話をするときの三上は、実に生き生き、野球少年のごとく楽しそうなのだ。

やはり「野球が好きだから」「そこに野球があるから」に勝る“理由”はないのかもしれない。

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