酒居知史が破った“殻”
「野球って楽しい」――ずっと、そう思って野球を続けてきた。その気持ちが強かったから、プロにもなれた。だが、仕事でする野球は時に、彼らを苦しめる。そこから抜け出すための、再び「野球って楽しいんだ」と思えるようになるためのきっかけ作りとしての、ABL派遣もある。
なかったはずの“殻”が、そこにできていた。
1年目、ルーキーのころは、何も考えていなかった。
2年目の今季は、何か型にはまろうとしている自分がいた。
「マウンドでの気持ちの入り方、表し方……何もかも『こうでなければいけない』とムリに作っていたら、なんだかしっくりこなくなった。自分らしさを押し殺して、人の目を気にしながら、マウンドに上がっていたような気がします」
息苦しかった。
春先、清水直行コーチから球団のABL派遣プランを聞き、「行ってみたい」と思った。言葉も文化も違えば、同じ野球でも価値観が違うだろう。その違いを自分の肌で感じてみたかった。
「野球の技術磨きというよりは、人間的な幅を広げて帰ってきたいんです」
希望は受け入れられ、オフに入るとすぐニュージーランドへ渡った。
確かに、独特な世界だった。
「日本と同様、『チームのために』というチーム愛はあるんだけど、一人ひとりの個性はメチャクチャ強い。日本では『チーム愛』に基づく行動をそれとして意識せざるを得ませんが、こちらは『チーム愛』でガッとまとまるのが当たり前、なんです。メリハリがあるというのかな」
自分を自分のまま、出していい。そんな空気の中にいたら、日本で感じていたストレスが消えていった。
「野球って楽しいんだな」ともう一度思ってほしい
酒居の姿を間近で見ていた、清水コーチは言う。
「日本での酒居は『“もっともっとできるはず”という期待に応えなければ』といろんなことにトライしすぎた部分があったと思うんです。変化球を増やそう、とか。もっとシンプルでいいんです。自分の武器で相手バッターと戦う。純粋に、バッターを打ち取るところに返ってほしい。ここで自分のやりたいことをやっていけば、きっと彼の中で何かが変わると思いますよ」
あの“殻”は、いつの間にかなくなっていた。
「直さん(清水コーチ)には、『“野球って楽しいんだな”ともう一度思ってほしい』と言われてきました。ここではもちろん結果も求めていきますが、その結果に対して、バッターを抑えれば純粋にうれしいし、打たれれば混じりっけなしに悔しい。今思い出しているこの感覚を日本に帰っても継続していければ――自ずと野球の技術もついてくると思います」
来季に向け、秋の台湾遠征ではクローザーとして試合を締めた。ABLでも連日、ブルペンに待機する。
「クローザーという選択肢では、腕をしっかり振って投げることが大切。それは打たれた試合でもできていました。自然と躍動感のある、自分らしいピッチングをこれからもしていきます」
2019年、先発を務めるのかリリーフを務めるのかは、まだわからない。ただ、いずれにしても今、この地で学べるものは学び、盗めるものは盗み、「強い真っすぐを放れるように」という課題は、きっちり収めていくつもりだ。
前回、対キャンベラ戦の登板は「70%の出来」。だが球場で仲間と過ごすときの、その笑顔は100%、弾けていた。
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