☆小杉陽太コーチ(横浜DeNA/キャンベラ)インタビュー☆ コーチとしての引き出しを増やすだけでなく、自分自身が変われた
2018年、横浜DeNAベイスターズとキャンベラ・キャバルリーの間で「戦略的パートナーシップ」が結ばれ、横浜からキャンベラへの選手派遣が始まった。過去2度の派遣は、共に選手のみ。今季、初めてコーチ、アスレティックトレーナーの2名がパートナーシップの一環として正式に派遣された。その“第一期”となった小杉陽太ファーム(二軍)投手コーチに、話を聞いた。
自分に足りなかった部分を見つめ直し……
――今回の派遣はご自身で希望したと伺っています。その理由から教えてください。
もともと海外へ行って野球に触れたい、そこでもっと野球を勉強したいという気持ちを持っていました。それこそ大谷翔平投手も通った「ドライブライン・ベースボール」(米国シアトル州のトレーニング施設)も行ってみたいと思っていた場所の一つです。それがオーストラリアであれ、メキシコのウィンターリーグであれ、機会があればチャレンジしたいと考えていました。今回のABL派遣は、その絶好のチャンスであるだけでなく、キャンベラ・キャバルリーのコーチとして参加できるところに大きな魅力を感じ、立候補しました。
――約2カ月の派遣に、ご自分でテーマは決めていらっしゃいましたか?
自分がどんなテーマを持ってABLに参加したいのか、派遣前から自分なりにまとめていたんです。まず異国の野球文化に触れることで、人としても野球人としても視野が広がるのではないか。また通訳なしの環境にあって、自分の語学スキルも向上できるのではないか。同時に、いかに相手に伝えるかというところも学べるのではないか。そして、日本人にできて海外の選手にできないところ、またその逆みたいなものを定性的、定量的に測ってみたいと思いました。
あとは22年、ベイスターズのコーチを1年間務めて、外国人選手とのコミュニケーション能力が自分の中で足りないと感じていたんですね。それは個人的に改善したいポイントでした。加えて自分の知識と力量の現在地を知りたいと思ったため、立候補しました、と。球団にはこんなテーマ、目的を持って参加したいと事前に伝えました。
――小杉コーチの経歴を拝見すると、プロ野球引退後、一般社会で事業に挑戦。またアマチュア野球(四国学院大)とプロの両方でコーチ経験を積んでいらっしゃいます。そうしたご経歴の中で、何かご自分を変えたい部分もあったのですか?
ありました。僕は良くも悪くも結構ドライな人間で、物事をロジカルに考えてしまいがち。今季(22年)もメンタルスキルコーチや先輩方をはじめ、いろいろな方から、僕がミーティングで発言する内容、話し方、表情、コミュニケーションの取り方のフィードバックをもらったとき、改めてそれを感じました。僕が意識していないところで撮っていた映像を実際に見て、人への接し方が冷たいなと思ったんです。要はロジカルに、「こうなったらこうなるから、これしかないんだよ」というふうに淡々と話す傾向がある。感覚的な部分、ウェットな部分がちょっと足りないなと自分自身、感じました。
先ほど挙げたように、言葉の壁がある中でどう伝えるのかを1つのテーマに掲げたのですが、そのドライさももう一度自分の中で見つめ直したいなと思いました。実際、「あまり理論的なことばかりだと人は動かないな」と、この1年で感じていたんです。何か感情的、感覚的な部分でも選手にヒントを与え、心を動かし、やる気にさせてあげる。そんなふうにモチベーションを上げることもそうだし、パフォーマンスを上げるうえでも、もっといいヒント、いい選択肢を与えられないかなと思いました。自分でも、たまに感じていたんですよ。自分が言っていることは、厳しくはないと思うんですが……。
――それは正論なんだけど……みたいなところでしょうか。
そうです。それで、ロジックから外れたことに対しては、僕がイレギュラーな対応がなかなかできなかったんですね。こういう計算だから、こういう指標があるんだから、こうなるって分かっているよね、とか……。
――そういう考え方も、必要は必要なんですよね。
絶対必要だと思いますし、今後それがもっともっと必要になってくる時代、アメリカMLBに近づいてくる時代が、日本でも絶対に来るはずです。ただ、選手はロボットじゃないので、それだけではなかなか感情が動かない。そこで改めて、「コーチって何だっけ」というところを見つめ直しに来ました。
――そういう意味では、ここで何か新しい発見、あるいは新しいご自身の発見はありましたか?
結構ありましたね。個人的に、毎日レポートを作っているので、自分の変化がよく分かります。最初はABLの選手たちを見て、彼らは試合中も非常にエキサイティングしているんだなと驚きました。例えば、打たれたらすごく悔しがるし、抑えたら抑えたで感情を爆発させる。ロッカーでもベンチでも、あとはバッティング練習でもそうだし、ブルペンでも、ちょっとしたことでも激しく感情をあらわにする。僕は現役時代も、そういったウェットな部分が……試合の中で実際に声を出すとか、自分がバッターを抑えて「よっしゃ!」って熱くなるようなところはなかった。ところがこちらに来て、自然とそういった感情が湧き出てきたんです。そこは選手の中に入っていく過程で、自分の内面から自然と出てきたところだと思います。
あと、言葉の壁がある中でいかに伝えるかという自分のテーマに関しては、データやロジック的なことは、世界共通言語、共通認識なんだと分かりました。だから、その部分に関しては、感覚をどう言葉で伝えるか悩む必要はない。共通言語と共通認識で伝えれば皆、理解してくれるのだと自信になりました。そこは日本に帰っても、今後外国人選手と接する中で、ぶらさずに進めていっていいところだと思います。ただ、それを一方的にワッと伝えるだけでなく、そこにちょっと感情的なニュアンスも交えながら選手の心を動かせるようになれればいいなと思いました。
――それは、相手が日本人選手でも同じですよね?
もちろん同じですね。相手が外国人だから、日本人だから接し方を変えるのではなく、同じ接し方でいいと思いました。日本で人に接するとき、別に取り繕っていたつもりはないんですが、こちらに来てからはどこか自分じゃない自分が出てきて、“How are you?”とか“What’s up?”とか、朝会ったときからテンションが高い(笑)。そんなことは今までなかったので、それだけでもこちらに来てよかったなと思いました。
23年はよりポジティブに!
――キャバルリーではコーチとして実際、どんな仕事をしていらしたのですか?
基本的には、選手のパフォーマンス向上のお手伝いですね。「ラプソード」というトラッキングシステムで計測・分析したデータを使い、ブルペンで選手たちにフィードバックしながらコミュニケーションを取っていく。あとは、試合中のオペレーション。チームによって違いがあると思いますが、キャバルリーは(ウォード)監督が自らマウンドに行くし、投手交代の決定も行なっています。それに対して、「次に誰を投げさせるか」「誰に準備をさせておくか」「今(投げている投手の)球数は何球だけど、どうする? もう1イニング行かせる?」といったコミュニケーション、オペレーションの部分を任されていました。
――そのあたり、日本ではどうだったのでしょう。
ファームの投手起用に関しては、すべて投手コーチの仕事でした。このピッチャーの球数は何球、もしくは何イニング、その後こういう展開になったらこのピッチャーを使おう、といった決定権が投手コーチにありましたので、監督に「どうしましょう」とすべてお伺いを立てる必要はありません。そこも、キャバルリーでいい経験ができたと思います。監督が投手起用もすべて決定するわけですから、その決定に対してどんなふうにベストな意見や選択肢を渡せばいいか、とても勉強になりました。
――ベイスターズから派遣されてきた2人だけでなく、キャバルリーの全投手陣を見ていたとは……。
全員、同じように見ていました。ただ、入江に関してはこちらに来て苦しんだ時期があったので、監督と相談しながら、リリーバーではなく一度先発で投げさせてみることにしました。そのときは1週間の練習プログラムとかランニングのメニューとか、まずは全部こちらで組んで……とはいえ、考えて自分のものにするのは選手自身なので、ひな形だけを渡して、本数や内容は本人に任せました。そうした監督とのコミュニケーションを通訳なしの状況でできたのは、僕の中では結構大きかったですね。
――PCの画面越しに入江投手とキャッチャー、ベンチから出てきた小杉コーチがマウンドで話しているのを見たとき、とても自然な雰囲気が流れていたので、てっきり通訳さんなのかと思っていました。小杉コーチが渡豪なさっていると、初め知らなかったものですから……。
日本人投手が投げていると、たまに審判から、あるいはキャッチャーのロビーがマウンドに行ったとき、「陽太、来てくれ」と言われて行っていましたよ。通訳ではないので、何を言っているかすべては分からないですが、単語やそのときの状況、テンションで、「こういうことを言っているんだろうな」と推測を交えて会話をしていました(笑)。
――でも、そこで頼られるということは、それだけコミュニケーション力がアップなさったということですね。
そうですね。最初は結構聞き取れなくてたいへんでしたが、通訳がいないことは、結果的に英語力が伸びるポイントになりました。少なくともリスニング力は上がったと思います。
――ベイスターズとしては、初めて希望者を募ってのスタッフ派遣。小杉コーチに球団から課されたことはあるのでしょうか。
「何かこういうものを得てこい」というところはありません。そうでなく、手を挙げた時点で自分の中でテーマを持っていなければいけないものだと思います。ただ自分としては、キャバルリーのコーチとして派遣してもらった以上、まずキャバルリーのために寄与をすること、また帰ったとき、自分が課題としていたコミュニケーション能力の向上、加えて選手にいろいろな選択肢が与えられる引き出しが増えていることを目指してきました。そこは自分でもびっくりするぐらい、急成長できたんじゃないかなと思います。
――それは球団に対して還元できる部分であり、もちろん小杉コーチ自身の今後にもプラスに働く大きなお土産ですね。
そうですね。あとオーストラリアの人たちって、つまらないことをいちいち気にしないじゃないですか。本当にポジティブで、かつオンとオフもしっかりしています。それはおそらく国の違い、文化の違いでしょうが、日本に帰っても、なんだか自分もとてもポジティブにやっていけるんじゃないかなという気になれました。